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No Nai Yoga

自己流翻訳。頭の中でヨガアソビ。

INTRODUCTION⑥Maya and Mind

INTRODUCTION

 

Mata and Mind (マーヤーとマインド)



Maya is a tremendous, delusive power of God. Maya is the material stuff of this world.Maya is the source of the physical universe.This world of names and forms is a false show kept up by the jugglery of Maya.

<自己流翻訳>
マーヤーは人を惑わせるとても強い神の力です。マーヤーはこの世界を作っているもの。マーヤーは物質世界の源です。名前と形を伴って現れる真実ではないこの世界はマーヤーのごまかしの力によって保たれています。


The world is a product of the mind. The whole world is an expansion of the mind. The entire universe arises and exists in the mind.

<自己流翻訳>
世界はマインドによって作られます。この世界はマインドの広がりなのです。完全なる世界はマインドによって現れ、マインドの中に存在します。


The world dose not exist by itself.It is not seen without the aid of the mind.It disappears when the mind ceases to function.

<自己流翻訳>
世界はそれ自身だけでは存在し得ません。心のたすけなくして現れないのです。心の動きが止んだき消えてしまいます。

Time and space are mental creation.Time annd space are mental projections,unreal as dreams.However real they may seem to be,they are not ultimately real.Timelsee,spaceless Brahman is the only Reality.

<自己流翻訳>
時間や空間は心が生み出したもの。時間や空間は夢のように心の投影なのです。しかしながらそれらは実際にあるように見える。それは真に現実ではない。時間も空間も超えたブラフマンがただひとつの真実なのです。

 

今日の感想


映画に例えられることもあるマーヤー。スクリーンに投影されている世界の中で何が起こったとしても、それは真実ではなく作られた世界。真の世界は別にある。

私たちが生きている今の世界も映画のようなもの。でもそれは実際に在って、ケガしたら痛いし、病気になったらしんどいし、失恋したら胸が苦しい。だからお芝居のように演じているわけではないけれど、この身体の中に閉じ込めている自分でこの世界を味わっている。変わりゆくものに「絶対」の真実はない。役割だって名前だって、体だって心だって変わっていくもの。


だからこの世界で苦しいことがあっても、本当の私は実は傷ついていないのです。本当の私はアートマンでありブラフマン

そんなこと言われたって苦しいものは苦しいし、痛いものは痛いよね。それでいいんだと思います。めいっぱい苦しんで、めいっぱい喜んで、めいっぱい泣いて、めいっぱい笑って…この世界をを味わいつくせばいいと私は思ってます。


我慢せんでいいと思います。




INTRODUCTION⑤The Bliss of Samadhi


ぼちぼちと更新。このブログを書くことでなによりも自分の勉強になってます。もう少し早いペースで更新したいね。

がんばれ!私!!



 

INTORODUCTION

The Bliss of Samadhi



瞑想を続けているとどうなるのかそれが前節の最期でした。深い瞑想の中では名前や形は消え去り、限りない空間の意識が広がる。=NirvikalpaSamadhi(二ルヴィカルパサマーディー)


Nirvikalpa Samadhi is the realisation of the highest value.
<自己流翻訳>
二ルヴィカルパサマーディーは最高の価値の悟りです

It is the experience of oneness with the Absolute.You have Brahmic superconsciousness, in place of the stilled Jiva-consciousness.

Experience of fullness is called Samadhi.It is freedom from misery.It is bliss absolute.
<自己流翻訳>
それは完全なるモノとの隔たりがない経験です。囚われた意識の世界にあって、あなたは超意識を得るのです。

この満たされた経験をサマーディーと呼びます。それは苦悩からの解放、完全なる至福です。

 



Samadhi is not the abolition of personality.It is the completiion of personality.
<自己流翻訳>
サマーディーは個性を殺すことではなく個性が完成するのです。

 



 abolition=廃止・全滅 completiion=満了・完成・卒業 だから個人が滅するわけではないんですね。

 

To Know is to be. Knowing and being cannot be separated. Cit and Sat are one and the same. 
<自己流翻訳>
知ることはあること。知ることと存在することはわけることができません。Sat(完全なる存在)とChit(真の知識)は同じです。

Sensual pleasure is nothing when compared with the bliss of meditation and Smadhi.Rise from the sense-life. Awake and realise that you are the pure, immortal Atman.
<自己流翻訳>
瞑想での祝福やサマーディーの際は感覚的な喜びはありません。五感(感覚)の人生から離れるのです。あなたは純粋であり、不死のアートマンであることに目覚めます。

 


compare with=[通例否定・疑問で]…匹敵する ←ここの訳し方がいまいちわからない。でもこんな感じかなで訳してます。

 

今日の感想



私がヨガの勉強をしにアシュラムに1ヵ月滞在したとき、先生はすべて英語。同時通訳をしてもらって授業を受けていました。先生の言う言葉を翻訳を介さずに聞けるようになりたいと漠然と思っていたのが、このブログをはじめて強く思うようになりました。英語の意味をとらえても、それにぴったりあてはまる日本語を探すのが難しい。

翻訳される人によって随分と印象が変わるのも納得です。


翻訳する人が何を伝えたいのが、何を大切にしているのか。それが自分と同じなのかということがとても大切。

例えばヨガでおなじみバカヴァットギーターもいろんな訳が出ています。同じ節で見比べても随分ちがうんですよね。本質はおなじだけれど言葉のチョイスによって受け止め方は変わる。


そんなことを考えました。


自己流であっても翻訳って難しいっ!!!

INTRODUCTION④The Meditational Process<ヨガって宗教?カルト?>

SNSでこのブログを紹介したところ、アクセス数が増え小躍りしています。

「こんなブログおもんないわっ!」ってならないように今日もせっせと更新しましょう。

※毎度、1番はじめに出てくる「ほんやく」を「本厄」って誤変換をしてしまい「縁起わるぅー」ってなります。そろそろ間違えずに打ちたいです。

初めましてのかたはこちらからどうぞ

nonaiyoga.hatenablog.com



INTORODUCTION

The Meditational Process

There is no knowledge without meditation.

<自己流翻訳>
瞑想なくして真の知識はありえません。

 

NO MUSIC! NO LIFE!!  的な感じ NO MEDITATION! NO NOWLEDGE!!

Tシャツつくろうかな。

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↑↑誰か買う???


Throught regular meditation, you gradually grow in spirituality. 
<自己流翻訳>
日常的な瞑想をによって、徐々に霊性を高めていきます。

 

grow in=加える spirituality=霊性
この霊性って訳、なんかしっくりこないんですよね。だからといってほかの言葉が思いつかない。

 


Meditation gradually offers you the eternal light and intuition. By constant practice of consentration and meditation, the mind becomes as transparent and pure as a crystal. The din of  the strife for things mundane becomes smaller and smaller as one recedes inside.
<自己流翻訳>
瞑想はあたなに不滅の光と直観を徐々に与えます。集中や瞑想の継続的な習慣により、マインドはクリスタルのように純粋になっていきます。


Meditation leads you more inward,from the gross to the subtle, from the subtle to the subtler, from the subtler to the subtlest, the Supreme Spirit
<自己流翻訳>
瞑想はあなたをより内側へと導きます。粗大から微細へ、そしてより微細へと…

 

この「粗大」は昨日の記事の意識高いけど意識粗い人と一緒のことです。

【参考記事】

nonaiyoga.hatenablog.com



ここではgrossを粗大と訳してますがgrossには鈍感なとか全体のって意味があります。繊細じゃない感じ。subtleが微細だから対で粗大。


Peace and bliss are not to be found in book, churches,or monasteries.Why do you read many books?It is of no use.
<自己流翻訳>
平和は幸福は本の中や教会、修道院ではみつけられません。なぜそんなにたくさん本を読むのですか?本は役にたちません。

 

「おいおい。この本も役にたたんのかいっ!」

とツッコミを入れておいて…


The great book is within your heart. Open the pages of  this inexhaustible book, the source of all knowledge. You will know everything.
<自己流翻訳>
素晴らしい本はあなたの中にあります。さぁすべての知識の源である限りのない本を開きなさい。あなたはすべてのことを知るでしょう。

 


おうっ!!!!そういうことね。結局は知識と知恵の話。(これも前の記事ね)

どんだけ本をよんだところで結局は自分の中にすべてあるんだよ。外に探し求めるのではないんだよ。 


All names and forms vanish in deep meditation.There is consciousness of infinite space. This also disappears. There is a state of nothingness. Suddenly dawns illumination, Nirvikalpa Samadhi.
<自己流翻訳>
深い瞑想ではすべての名前と形は消え去ります。そこには無限の空間の意識があります。そしてこれもまた消え去ります。無の状態。そして突然二ヴィカルパサマーディーがおとずれます。

 

illumination=照明・啓蒙 って意味かとおもいきや 精神的に目覚めた状態って意味があるですよね。難しいね。英語。

今日の感想


「なんかどこぞの怪しい集団に勧誘されてるみたいやな」

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↑↑「真実どうっすか~??」

私はヨーガを学んでいるからそうではないってわかっているけど、パッと読んだら「なんや?カルトか??」って思う人もいるだろうなー


最近はめっきり減りましたが「ヨガは宗教ですか?」って聞かれることもありましたね。現に私の親も「ヨガ勉強しにベトナム1ヵ月行ってくるわ」って言ったときは「大丈夫か?変な宗教ちゃうの?」と心配してましたし、「ヨガやってるってあんまりいうたら変に思われるかもしれんで」って言ってました。これって完全にオ○ム真○教の影響。始まりがヨーガ教室で、その後の事件ですから当時をリアルタイムで知っている人には心配ですよね。



そもそも宗教ってなんなのかと、定義を調べてみてもスッキリと説明できない。説明できないなりに、説明します。



宗教とは、一般に、人間の力や自然の力を超えた存在を中心とする定義であり、またその観念体系に基づく教義、儀礼、施設、組織などをそなえた社会的集団である。(Wikipedia)

 


「宗教の定義は宗教学者の数ほどもある」といわれているそうで、上記のWikipediaの説明からすると「社会的集団」ってところからヨガ(ヨーガ)が宗教であるとは思えないのですよね。「社会集団」は「人間において、相互行為や相互関係に規則性と持続性が見られる集団」(Wikipediaより)らしいのでね。私、ヨーガの中でそんな関係もってないし。

ヒンドゥー教はインド・ネパールの民族宗教という意味だけでなく、インド的伝統を指しているんです。(これまたWikipediaより)

ヒンドゥー教と訳される英語のHinduismの「イズム」って「主義・主張」という意味。Hinduは英語で西欧で作られた言葉ですしね。インドで「ヒンドゥー教」って言ってたわけじゃないのかと…。起源までさかのぼるとインダス文明からバラモン教そしてウパニシャッドとなってます。

って誰が興味あんねん!!ってくらいマニアックになってきた。ごめん。


さて、広辞苑には「宗教」は【神または何らかの超越的絶対者あるいは神聖なものに関する信仰・行事】と定義されているので、そうなるとヒンドゥーイズムは宗教なのかも。この広辞苑の定義からすると日本の自然信仰である神道も宗教ちゃうんか?ってなるのですが神道は宗教ではなく「道」であるので宗教とされるのは違うというご意見もあるようです。このあたりは私くわしくないのでごめんなさい。

結局ヒンドゥーイズムも「教」なのか「主義」なのかという曖昧さを残していますが、人の捉え方や定義によって変動するものだと今のところは結論づけてます。


なので、先日参加したうちこの生ブログ(うちこのヨガ日記のうちこさんのヨガクラス)で言われていたことが今のところ一番しっくりくる。

ヒンドゥー教と親和性の高いヨーガ」



話を戻して、「瞑想をすれば自己実現ができますよ」とか「瞑想をすれば心の苦しみから解放されますよ」とかカルト集団の勧誘で使われそうやなぁと。だからさヨガの勉強始めましたって人が周りの人の内容を話したりしていると「大丈夫か?」「変な集団にはいってるんちゃうん?」とか言われたりするのはこれなんだろうな。

 


カルトとは「マインド・コントロールを主な手段として悪用し、そのメンバーのオートノミーを侵害する集団」であると定義できます。


オートノミー=自主性・自律

この定義からいうと、マインドコントロールを使って個人の考える力をなくしていくのがカルト集団。ヨガの教えを理解するステップには「マナナン」といって考えるという段階があります。

「この人は素晴らしいから言うてること全部あってる!!」というのはよくない。自分で考えるということをしなさいと散々言われているので、ヨガはカルト集団ではありません(笑)

どこに属しているでもなく、集団というわけでもなく、自分の意思で勉強を続けていますしね。


いやー…でも今日の文章は怪しいよね。大丈夫。この先のたっぷりある本の続きでヨガがいかに科学的なのかってことがわかります。きっと。(←ヨガが科学的なのは知ってるけどこの本はまだ全部よんでないから。)


INTRODUCTION③Reason and Intuition <クレクレ病>

 INTRODUCTION だけでかなりの量があるのでまだまだ続きます。ヨガの本を心の穏やかに読んでるかと思いきや、わからなさすぎて「チっ!」って言いながら読んでます。

あかんがなっ!!

初めましての方はこちらからどうぞ

nonaiyoga.hatenablog.com

 

INTORODUCTION

Reason and Intuition

 

この節でいうReasonは理由ではなく思考とか思考力、考えるということを指してます。


Intuition …直観「直接的に本質を見抜く」 直感「瞬間的に感じとる」 なので話の内容からして直観ですね。


 



Intuition dawns like a flash.It dose not grow bit by bit.
<自己流翻訳>
直観(による知識)は少しずつ成長するのではなく、まるで閃光のようにあらわれます。

 



dawn=(動詞)夜が明ける、現れだす、見えだす

dawn ってのが夜があけるだから今まで無知のベールに包まれていたものが現れるって感じです。ちょっとずつ成長してるなーじゃなくて明けるんです。

そうそうdawnで思い出すのが、「From Dusk Till Dawn(夕暮れから夜明けまで)」って映画。クエンティン・タランティーノ監督の作品で、ジョージクルーニーも出てるんです。この映画いろんな意味で衝撃なのでよければご覧ください。(ネタバレみずにみてくださいね)

movies.yahoo.co.jp


話をもどしまして…Intuition  と対で使われている言葉が Sense 。感覚、五感。

 



Intuitive knowledge alone is the highest knowledge.It is the imperishable, infinite knowledge of Truth.Sense-knowledge is a knowledge of appearance, and not of Truth.
<自己流翻訳>
直観の知識は最高知識です。それは不滅で無限の真実の知識です。感覚による知識は現れているものに対する知識であり真実ではありません。

 


つまり、感覚で得られるものには限界があるということ。感じることができることは移ろいゆくモノ。

 

Mind and intellect are finite instruments.Reason is finite. It can not penetrate the Infinite.
<自己流翻訳>
心や知性は限界がある道具です。思考には限りがあります。限界があるものでは無限を理解することはできません。


Meditation leads to intuition. Meditation is the key to unfold the divinity or Atman hidden in  all name and forms.
<自己流翻訳>
瞑想は直観へと導いてくれます。全ての名前と形あるモノに隠れている神やアートマンをあきらかにしてくれるのが瞑想なのです。

 

 


瞑想によって五感を超えたものへと導かれていく。それは感覚で捉えられた知識ではないから言葉で語ることもできない。「知識」とか「知恵」とか「知性」とはベつのモノ。そんなものの枠に収まらないものなんです。



「知識」といえば、日本人の中には「クレクレ病」を患ってる人がいるなぁと感じます。まぁメディアがそういう風にもっていってるからしょうがないっちゃしょうがないんですけど。私には何かが足りないって思わせて「その情報(知識)くれーー。おくれーーー!!」ってなる。で、知ったら満足。その先の実行はなし。とか…

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ヨガのインストラクターでもそんな人いるんじゃないかな?とにかくワークショップ行きまくってなんか安心する。


知ることで見えてくるものはたくさんあるけれど、五感で得られた知識をどのように自分のものにしていくのかというその先が重要。

情報や知識をとりあえず得ることで安心するって人は、うちこのヨガブログのうちこさんが会話の中で「日本人は意識高い低いっていうけど、インドでは粗い細かいなんだよね」言ってた言葉を借りていうならば「意識高い系の意識粗い人」なのかもね。


どこの言葉の引用がわすれたんですけど、メモってた言葉。


 


「知能」とは「答えの有る問い」に対して、早く正しい答えを見出す能力のこと。「知性」とは、「答えの無い問い」に対して、その問いを、問い続ける能力のこと。「知識」とは「言葉で表せるもの」であり、「書物」から学べるもの。「知恵」とは「言葉で表せないもの」であり、「経験」からしか掴めないもの。「知性」の本質は「知識」ではなく「知恵」である。

 



知ってたことがあるとき腑におちて、自分の血肉となる。これって前述した直観のように急におこりません??「知識」が「知恵」になる。それは経験でしか掴めない。

やるかやらんかはその人しだいだけど、知識と知恵をはき違えないちゃいけないよ。





今日の感想


絵に色をつけることができるようになりました。余計に時間がかかってます。(感想でもなんでもない)







 

 

 

 

INTRODUCTION②What Moksha Implies

初めましての方はこちらからどうぞ

nonaiyoga.hatenablog.com

 

 英語の本を読みだして、ブログにして…翌朝、頭痛。。。。こどもかっ!!!

INTRODUCTION

What Moksha Implies

モークシャとは何を意味するのか?



Moksha is the breaking down of the barriers that constitute separete existence.

Moksha is not an attainment of liberation from an actual state of bondage, but is the realisation of the liberation which already exists.It is freedom from the false notion of bondage. 
<自己流翻訳>
モークシャとは自由になることです。
モークシャとは束縛からの解放(解脱?)の達成ではありません。モークシャとはすでに存在している解放の体得(実行)です。

The individual soul feels itself to be in bondage on account of ignorance caused by the power of Avidya.When the false belief caused by delusion is removed by Knowledge of Atman, the state of Moksha is realised then and there, in this very life.It is not follow after death.
<自己流翻訳>
個々の魂はアヴィディヤによって起こる無知によってとらわれていると感じている。そのような妄想からくる間違った信念がアートマンの知識によって取り払われたとき、ただちにモークシャの状態を得ることができる。それは死んでから起こるのではなく生きている中でおこる。


もともと私たちは「自由」です。それが限られていると誤解している◎◎な私という◎◎からの自由になることがモークシャ。◎◎という形容詞は自分をどこかの箱にいれいているようなもの。

例えば「妻であるSachiko」「ヨガ講師であるSachiko」「娘であるSachiko」…すべて私をあらわしていることばだけれど私の全部を現してるわけではないよね。どっかの箱にスポっと入れられている感じ。限りをつくっている。

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なんでそんな箱ができるかっていうと間違った知識や混乱した知識によるもの。本当はわたしには限りないんだから。


むかし会社員をやってたのですが、辞めるとき私には役職がついていたんですよ。きっとほかにもその役職(役割)をやりたい人はいっぱいいるんだろうなと思ってました。そんな役職だったので辞めるときに「そこまで頑張ったのにもったいなくないんですか?」とか「手放してもいいんですか?」って言われたんですよ。


私「全然」

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むしろなんでそんなこと聞かれるのか疑問。


というかね、そんな役職はそのときその役割をしている私を表す言葉であって、私そのものではないわけですよ。だからね自分に今ある役割が自分そのものだと勘違いしちゃいけません。執着すると失ったときに「△△ロス」とかいう現象になっちゃいますよ。ダメダメ!あなたはあなた自身をロスしたわけじゃないんだから!

 妄想の原因は人間の欲望。欲望は執着を生み出す。執着によって苦悩も生まれる。


モークシャっていうのはもともと限りなんてない自分を区切っているものをとっぱらうこと。それは死んだあとじゃなくていま生きているときに起こること。

そしてそのモークシャは五感で捉えられるものじゃなくて直観的な経験なのだとシヴァナンダ先生はおっしゃってます。


五感っていうのは自分以外のものを捉えるもんだしね。

 

ちゅーことは、「私はモークシャを得た。そこには神々しい光りと神聖な旋律が…」とか言うてるとかは怪しいってことか…


今日の感想


会社辞めるときはすでにヨガの勉強をしていたから、そんなことを思えたんだろうな。そうじゃなかったら執着してたと思うよ。大好きな仕事だったし、やりがいもあったからね。(でも身体は悲鳴をあげていた)

ヨガの勉強しててよかったなって思うことは日常にゴロンゴロンところがってるね。

あと、シヴァナンダ先生の英語はアメリカ英語なんだね。きっと。realize ⇒ realise ってなってるし。

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似顔絵似てなーーーい!!

INTRODUCTION①The Atman

英語でヨガ本を読みだしたのはいいものの、恐ろしく時間がかかり1ページめからあきらめそうです。ちなみに570ページほどあります。


…ま、進んでいけばいつかは終わるでしょう。そのころには私の英語の語彙力も各段にアップしているはずです。

INTRODUCTION

The Atman

アートマン」とはなんぞや。

「◎◎マン」ってつくと正義のヒーローを思い浮かべるけどさ。全然関係ないからね。

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↑正義の味方!アートマン!!!!(お察しの通り、、、私には絵心ありません。色とか付けられないしっ)


Man's essential nature is divine, the awareness of which he has lost because of his animal propenssities and the veil of ignorance.Man,in his ignorance, identifies himself with the body, mind, Prana, and the senses.

<自己流翻訳>
人間の本質は至福に溢れています。しかしながら人は動物的な性質や無知によって忘れています。人は自分自身を身体であり意識でありエネルギーであり感覚であると思っているのです。

 


高校時代に「人は何のために生きているのですか?」という質問を国語の授業で投げかけれたことがあります。この質問は当時の年齢の倍以上になってもはっきりと覚えています。「幸せになるために生きている」という先生の答えに悶々としたんですよね。

詳しくはこちら

ujiyoga.com



今の私だったら「至福に溢れていることを思い出すために生きている」って答えがしっくりくるな。

 

人間が自分だと思っているものをすべて取り払った先にあるものが…

That beyond which there is nothing, that is the innermost Self of all is Atman or Brahman.The Atman is the common Consciousness in all beings.

<自己流翻訳>
物質・空間・時間すべてを超え、自我の最も深い部分をも超えているのがアートマンでありブラフマンです。アートマンは生きとし生けるものすべての共通する意識です。

 

ということですね。「ある」という表現自体が顕在化できうるモノととらえられそうなのですが、ここは「ある」けど「ない」ってかんじでしょうか。


みんな一緒なんです。♪オケラだって、ミミズだって、アメンボだってーーーー♪ですよ。本の中では「泥棒だって、王様だって、悪党だって、聖人だって、犬も猫もネズミも…みんな同じアートマンを持っているんだよ」


「みんなに共通する意識」という言葉で思い出すのがエヴァンゲリオン(テレビシリーズ)の「人類補完計画

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↑「シンジ」って書いてしまえばヨイと思っている似顔絵


映画シリーズは見てませんがテレビシリーズはリアルタイムから含めて3回ほど。つい1ヵ月前に全話見ました。初めて見た当時はなんのこっちゃ意味わからんかったのが、いろんな見方ができるようになったのが面白い。


人類補完計画」って深いわー。


ってイントロダクションで脱線してしまうと収拾つかないのでこの話はまた別の機会にしよう。



とにかくアートマンってのは意見の違いや身分の違いがあってもすべてのモノに共通していて、たとえあなたがどんなにお金もちであったとしても自分だけのアートマンってのは持つことができないよ。お金で買えないモノなんだよ。これは。

アートマンは純粋で絶対的。卓越していて、言い表すことも、想像することも、考えることも、説明することもできない。アートマンは至福そのもの。


言葉で表現することもできないアートマンと呼ばれる終わりも・始まりもない、何からも影響をうけないモノについて、そして私たちはアートマンそのものであるということを知る方法について説明がこれから続いていくわけです。(きっと)


今日の感想

本を読むだけでなく、この記事書くのもすんごい時間かかった!!!!ビビる……。手探りやからしょうがないよなーと思いながらも…これはあかんな。頭の中が散漫になりがちな私には「考える」という訓練にもなりそう。

つかれたーーーーーー!!!


 

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【読んでいる本】BLISS DIVINE(SwamiSivananda)

◎読んでいる本(2016.6~)

BLISS DIVINE 

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-SWAMI SIVANANDA-

A BOOK OF SPIRITUAL ESSAYS
ON THE LOFTY PURPOSE OF HUMAN LIFE 
AND THE MEANSE TO ITS ACHIEVEMENT

スワミ・シヴァーナンダが信仰、愛、平和など様々なテーマについて分かりやすく語っており、彼の代表作とも言える著書。 


アシュラムで朝晩に行われるサットサンガでスワミジが「それでは今日はBLISS DIVINEから」と言ってこの本を広げる姿を何度も見て購入した本。

師であるSwamiSivanadaの教えが詰まっています。分厚いので読むのにどれだけの日数かかるかは不明。(私の英語力では驚くほど読むペースが遅い。)